「パイオンの哲学」
  
パイオンの哲学について語ろう
   往復書簡のかたちで自由に意見
   語り合っています。
   哲学は難しいか?
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   話し合いましょう


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中江嘉男の憂鬱

今、なにか世の中に、疑問をもっている人はおいでになりませ
んか?。ぼくはいろいろあります。
ここでは特に絵本のことを中心に、いっちゃおうっと!!
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近頃のファッション
ファッションは流行という意味からすれば
ぼくなどが何か言うことはないけれど!
昨日テレビのニユースの女子アナがスケスケの
可愛いらしい服装で胸をはだけて、おまけにでっかい
ネックレスなんかして殺人事件のことを平気でし伝えている
のを見ると これって異常じゃあないですか?
これはみんなはおかしいと思わないでみてるのかなあ? って
それだったら、また凄い、ぼくは取り残されている。

最近のフアッションは美しくないなあと断言しちゃうけど
これもきっと取り残されてるんだろうなあ

爪だってネールアートでネイリストだって
爪が爪の用をなしてないよぞ
カリスマヘアスタイリストだって
みんなへんな髪にしちゃって
かつての篠原有司男氏しかぼくは認めないぞ
フアッション(服飾)デザイナーだって
服はなんのためにあるのか考えてほしいなあ
かつてはシミチョロなんて言葉があったの
知らないだろうなあ
いまはシミチョロどころかチョロなんかないもんね
「恥しい」なんていうのが恥ずかしい
みんな絵のこと美術のことを知らないで
美術関係のことをしないでよっていいたいけど
カリスマ店員なんて凄い怖いし
まあ、ぼくが歳だってこと
でも、地震で瓦礫になったところを
これらの格好してピンヒールでうろうろして助けて!
なんていわないでよ・・・憂鬱
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ねずみくんの絵本を読んだ感想文をいただいた方に、
ねずみくんのバッチを差し上げます。とHPに載せていたの
ですが、バッチを送っても、着いたのかどうか?お礼のメール
をいただいたことがありません。
ついたらうれしいくらいのメールをいただいてもいいのでは?
あんまりなのでバッチプレゼントを9月で中止にしたのですが
それでも、バッチをもらえると聞いたとメールがきます。
しかたなく、バッチを送るのですが、案の定うんともすんとも
です。
じぶんがほしいといって、もらったらお礼くらいしましょう。
ちなみのこのところたけ続けにきたメール15ほどのメールは
みんな申し合わせたように、「わたしは保育士ですが・・・」
からはじまるのです。お礼もできないひと達が保育士とは、
と憂鬱になるのでした。 2006.10.25

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ぼくの最大の憂鬱は今の日本の美にかんしての変化です。
マンガ文化です。このことはいっぺんには説明しきれませんが
少しずつ書いてみます 2006.8.28
マンガ的ニッポンについて
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このごろの新聞テレビをにぎわしてる人々をみていると
とにかく 分からなければいい みつからなければいい
自分がよければいい
という自分中心の人々の話ばかりですね
人はひとにの見てないところで何をするか、何が出来るか
なんだなあと反面教師として考えてしまいます。
ところが 本人たちは自分が悪いことをしたなんて思っていない
どころか開き直るしまつ
こんな人間が増えているのかしら
憂鬱このうえないです。
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近頃、家の近所の外人が増えたなあと思いまして
目の前を歩いている金髪の女性、きれいな外人と思いきや、前に
まわってびっくりこ、純国産ではないですか。
いまは駅にいっても、電車にのってもテレビをみても金髪、茶髪、
のオンパレード、美容院にいくとどの色にしますか?と尋ねられ
るそうではないですか、冗談じゃあないですよ、その人が黒なら
尋ねるまでもなく黒でしょう。
だいたい、はさみを持ったきたない美容師なる者、カリスマ美容
師だって?なんであんなにきたない格好しているのか、ようする
に美術を知らない、美しいとは何か、を勉強もしていない。
それでなくてはあんなきたない格好で人前にでられる訳がない。
人前で平気なのは恥ずかしいとは何かも心得てない。
恥ずかしいと思う想像力がない。
そんな想像力のない連中が美術に関係しているのは異常なことで
す。結局はいくら儲かっているかでしか、判断できず、儲かって
いるから凄いんだと、そうなると儲かるためには何でもする。
目立てばいい、目立つが勝ち、は拝金主義の現代を象徴する、ま
ったく憂鬱な世の中です。
それに、最近のフアッションデザイナー、建築でデザイナー
車のデザイン、CMデザイナー、イラストレーター、など美術に
たずさわってる人みんな美術館へいって勉強してほしいですね
むちゃくちゃではないですか、利己的で、押しつけがましく、
センスがなく、汚くて、粋でなく、美しくなく、
「その、新しいが分からないのか」なんて言いたいでしょうけれ
ど、そう、通じないのが憂鬱ですね

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このHPに書き込みが寄せられます。
中には心ない人からの、いたずらメールがあります。
「ねずみくんのバカ」とか「きらい」とかあるのですが、真面目
なのか いやがらせなのか「ねずみくんは ねずみなのに なぜ
チョッキをきてるのか」などというのもあります。
これなどは 大人がいやがらせに書いているとしか思えません。
絵本の世界では動物たちは平気で言葉を話します。
どうして 動物が人間の言葉を話すのだというわけです。
動物にも心がある。そのことは大人には分からないのでしょう。
今はいやな大人が多すぎます。
変なメールをくれるこどものの側には 変な大人がいるのだなあ
と悲しくなります。
ねずみくんのカレンダーやバッチを無料で差し上げているのです
が、バッチなどをお送りしても お礼のメールをくれる人は5人
に一人いればいいくらいです。
バッチが着いたのか着かないのかそれくらいメールをくれてもい
いのでは あげくの果てには バッチをなくしたらからまた送れ
なんていうのがきます。まったく常識もないような者が絵本など
読むなといいたくなります。
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世の中は頭のいい人がいっぱいいます。それなのに何故こんな
にも変な世の中なのかなあ・・・
頭がいいとは何でしょう。頭のいい人はみなさん良い大学を出
ている人が多いですね。そういう人たちが社会を支配している
ようにみえます。エリートな人たち
ただ問題はこの頭のよい人々が
賢(かしこ)くないことです。
いろいろなことを知っていて頭の出来はいいのにお利口さんで
ないのです。
頭のよさを成績という記憶力、物知りであることにたより、ま
ったく想像力が欠如しているということです。
知識は人を傲慢にしてしまいます。そういう知識人が往々にし
て権力の座につきます。
最近は本当に賢くないひとたちが権力の座について、力の
ない人々を見下しているという異常事態が、当たり前になって
いるこの憂鬱
をこんなページでしか表現できない、か弱き自
分がこれまた憂鬱
でもあります
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芸術作品について、何度も、書いてしまいますが・・・・・・
遙か昔に描かれた洞窟画が発見されました。
洞窟の壁に動物の絵が描かれているというものです。
原始時代に何故、彼らは絵を描いたのでしょう。
戦争があります。絵なんて描いてる暇なんてなさそうなのに、
必ず戦時中の絵があとから、発見されたりします。
飢餓に苦しんでいるとき、絵なんか描いている暇なんてなさそ
うなのに絵は発見されます。
描いてはいけない絵をと法律で決められても、絵は描かれるの
です。
これらの絵と
今、画家らしき人が、画廊を借りて、個展をやるために、その
画廊の壁を埋めるために絵をノルマとして描く画家がいます。
コンテストの締め切りに間に合わせて描く絵描きもいます。
お金になるからと、花の絵、や風景がを描いている絵描きがい
ます。
売れているタレントが絵を描くと売れたりします。
これらの絵と前記した絵は同じでしょうか?
みんな絵なんだから同じと考えているようです。がこれらは絶
対に違うのです。
そのことが解らないと絵を正しく判断できないはずです。
なにをいいたいのかといいますと、純粋に描なくてはいられな
い絵があるのだということです。
たのまれて描く絵は商品です。
人のためでなく自分の想いの表現として描くということです。
こんなことを書かねばならない、憂鬱さよ

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今の日本のまんが、アニメ、新聞や雑誌のカットの絵をみてい
ると、もうこれが当たり前といいますか、認知されている。
ひどい絵だなあ、でもこういうよくないものはすぐに消えてい
くだろうと考えていました。そうですね、10年以上も前から
そう想っていたのですが、消えるどころか、ますますそのよう
な絵が主流になってきて、ぼくの想う美しい絵、美術は何処か
へいってしまいました。
それらに慣れてしまう、そして大衆が認め、かわゆいなんてい
って売れていく。
売れるものはよい、良くなくては売れるわけがないなんて いう
論理がいかにも正しそうに聞こ大衆は納得してしまう、
かつては「よいもの」「本物」だけをみていれば眼が肥えて
よいものと悪いのもの見分けがつくと教えられ、まさにその通
りではある のですが、こんなにも偽物が本物以上にのさばり、
よいものと本物が見えないところにいってしまった世において
多数決的にみんなが認める粗悪品陳腐なる絵画がでまわり 認め
られているのを目撃していると、もう二度と、もとには戻らな
いで、このまま、稚拙なことににも気づかずに恥ずかしいなん
て想いつきもせず、海外へと披露していく、
気の弱いぼくなどはこのようなHP上のみでも、誰かそのよう
に感じているひとを募らずにはいられません。
それでも、賛同していただくひとが時々メールをいただいて何
とか元気ずけられている、そんな憂鬱な日々です。

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ほんとうは 自分のおもっていることは作品にして比喩な形で
いえばいいのですが、いってもいますが、それでは追いつかな
いのです。それではなかなか通じないので、HPでいってみよ
うとおもいます。同じようなことを考えてる人が、いるかもし
れませんものね。
ぼくももう歳なので、「まあいいや、みんな自分でこれでいい
と思ってるなら」とも思うのですが、それにしても、現代のあ
まりの気持ち悪さ、それに、絵本作品の創作の安易さ幼稚さは
何なのでしょう。
自分のことを棚に上げ、棚の上からいわせていただくしかあり
ませんが。とにかく気になるのが視覚的世界・・・

ぼくは、一応、学校で美術を学びました、美術の行き着くとこ
ろはシュールレアリスムというものでした。ぼくは絵を突き詰
めるとみんな、誰もがシュールレアリスムに行き着くと思って
いました。ところが、世間の絵を学んでいる人は必ずしもそう
はいかないようなのです。
勿論、いろいろな考えがあっていいです、当然です。
しかし、すくなくともシュールレアリスムまでは来て欲しい。
シュールレアリスムにたどり着く前にみんな平気で作品を発表
してしまう。そしてそれが売れてしまう。これが困ってしまう
のです。資本主義の世において売れることは説得力になってし
まいます。
売れることの怪しさに気がつかない、こうやって売れない者が
こんなところで、作品論を展開しても犬の遠吠えでしかないで
しょう。でも言うぞ、いわずにおれないこの美術の凋落。
いまぼくは、絵本をおもに、仕事をしています。絵本の世界も
シュールレアリスムがありません。
絵本の絵程度で自分の美術館を創る絵描きが多いのにも、あき
れます。絵本だけです、こんな馬鹿なことしてるのは、純粋に
絵を追求してる人間はそのようなことは想いもつきません。
考えてもみてください。ゴッホがダビンチが自分で美術館を建
てて入場料をとって絵をみせてたとしたら、がっかりです。
絵本の絵描きはそれをやってる。美術館まで自分で作るという
ことに恥ずかしさを感じない。
「自分でかせいだ金で、自由でやりたいことをやる、誰にも迷
惑かけてるわけではない」そうですよね。人に迷惑かけなけれ
ばなにやってもいいですよね。本当はそれが迷惑なんだよ!
子供たちも、そう思うでしょう。「そうだ自由なんだ!、やり
たいことをやり、食べたいものを食べ、着たいものを着、楽し
生きなくては」と思うのでしょうね。もう楽しいことは充分で
はないでしょうか?まだ、不満なのでしょうか?楽しくないこ
との中にこそ、本当の楽しさ があるって、こどもたちに示して
やらないと、あきませんよね。でも誰がそんなこと示せるんだ
ろう。「おまえが勝手にやれっ」て?「そうか、そうしょっと」

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美術の目的は、真実を追究する手段でした。ですから、絵描き
は悩み苦しいんだのです。ところが、今では自分の美術館を造
るのが、目的のようです。
子供にはシュールレアリスムでせまるべきなのです。
シュールレアリスムは現実と非現実、嘘と誠を考える方法の一
つなのです。ただかわゆいだけの売らんかなのみえみえの作品
では真実なんて見えません。ごまかしの世界です。
世の中かわいことなんてありはしません。怖いことの方が多い
くらいです。それを見抜く想像力をやしなうのがシュールレア
リスムなのです。
それを作家がシュールレアリスムも分からずにつくっていたの
では本当のこどものためとはいえないです。
昔の話はシュールレアリスムでした。
いまは、明るく、楽しく、軽く気楽に、考えず、かわゆいいい
、しかし、それが売れる。これが困ってしまうのです。
もう、元には戻らないでしょう。
何故戻らないかと言えば、元を知ってる人が居なくなってしま
ったからです。シュールレアリスムを知らない世代が主流にな
ってきたからでしょう。今は、毎日目にする売れているテレビ
や雑誌、広告、漫画、アニメ、タレントなど、それらが当たり
前として目にはいってきている。
僕の目のは、だらしなく、品がなく原色でただ派手で、同じ顔
で、粋でなく、恥じらいもないと映るのですが、それはもう歳
なので分からないのだ、とかたずけられてしまう。


ホームページを観ていると、まだシュールレアリスムで頑張っ
てる人のページに出遇います。こういう頑張ってる人がいる、
まだまだ捨てたものではないぞ。

ぼくは作品をデユシャンの「同じことを繰り返さない」発想に
傾倒してますので、自分の作品も色々な手法で作るようにして
います。でも中に同じス手法の絵本があります。「ねずみくん
シリーズ」です。これだけは逆に同じレイアウト、同じ繰り返
しの話に拘って作っています。これはこのシリーズ総てで一つ
の作品とみていますので。

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先日、ある出版社のある編集者にあって話しをしていて驚きま
した。それで、こんなことを書く気になったのですが・・・
話が今、電車の中で漫画を読んでる大人が当たり前になってき
ている。ぼくとしては嘆かわしいとおもったのですが、その編
集者は「ぼくも漫画世代なので、おかしいと思わない、電車で
お化粧してる女の人もいいと思う、・・」というではありませ
んか、なんじゃ!、そうか、ぼくがおかしいなと、毎日、目に
する絵は変だ!シュールレアリスムでない、なんて今の人達は
誰も思ってないんだ、とショックをうけました。
ぼくがおかしいなあ、と思ってることが世の中では当たり前に
なっている。
日本人の髪が金髪でも、コマーシャルの異常さ、ブランド崇拝
同じフアッション、アニメの顔がみんな同じ、同じ音楽同じ映
画同じタレント同じキャラクターをみんなが好きだなんて、ぼ
くはずーと変だと思っていました。でもそうじゃあないんです
ね。今はそれが正常なんですね。

自分がいいと思ってる作品はよくなくて、ひどい作品だなあと
思ってるのが、かわゆい〜〜なんて売れて評価されている。
あああ、もう変わらないんだろうなあこの世界は・・・・憂鬱

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昔、敗戦後、進駐軍は日本人に「スリーS作戦」なるものを行
ったのだ、とある本でよんだ覚えがあります。
スリーSとはスクリーン・セックス・スポーツだそうです。
国民にこれらを自由にあたえておけば、アメリカへの不信、政
治や天皇制のことなどに気がいかないだろうという訳です。
ありそうなことだなあと思っていましたが。そういえば、今な
んてスリーSどころか、テレビ、漫画、ゲーム、海外旅行など
、なにも制限なしで自由ですなんでもござれです。
これらを国民に自由にやらしておけば、自分で何も考えない人
間になり、政治に無関心になり、勝手におもいのままに政治が
操れるという政府の陰謀ではないか、とさえ思えてきます。
以前、省エネなんていって電気を大切になんていいながら、
24時間テレビ放送をしている。これも国民をこれに慣らして
原発を増やそうという魂胆ですよね。
自分で少しでも考えて生きないと、えらいことになりますよ〜
、なんて思うんですがね。でも、その時は例によって人のせい
にすればいいのかな、そしてこれまた、だれも責任をとらない
ですんでしまう。めでたしめでたし。・・・やっぱり憂鬱

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昔、テレビがでたころ、ある人が、ある人でなく大宅壮一とい
う人が一億総白痴になるといいましたが。本当でした。
いま日本の人口は1億2千万以上ですが、2千万の人はまだ無
事なんだろうなあ、ぼくもよくテレビ見るので、あぶないなあ
。2千万人のほうだといいのですが・・・・・ああ、憂鬱

昔は 「気は優しくて力持ち」なんていう言葉がありました。
力のある者、強い者、権力者、など、天才も、秀才もお金持ち
政治家も、警察も、医者も社長も普通より秀でた立場の者は、
その下にいる人々を守りかばわなくてはいけない、見本になる
ような行動をする義務がある、とまあそんな意味のことでしょ
う。有名人タレントなんかもそうです。目立つところにいる者
は責任がある。そう思うのですが。どっこい、そうはいきませ
んか?「人間だから、間違いのひとつや二つくらいあっても仕
方ないだって」さ。そうか、人間は許されるんだ。間違っても
・・・本当は「人間だからこそ、やらなくてはいけない」なん
だよね。人間だからこそ、自分がやるべきこを真摯にやるべき
なんだと思うんですけどね。それを、弱い者いじめをする人間
が最近は当たり前のように生きている。動物だっていじめはし
てないのではないかなあ、ということは動物以下の人間がうろ
ちょろしてるってことですね。・・・・憂鬱ですね

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平凡。普通。これだめですか?
いまはこの普通がどこかえいっちゃった。普通の基準が分から
ない多数が基準だとすれば、まさに異常事態。
ベッカムのモヒガン刈りなんてもう40年も前に篠原有司男
という人がやったよ、この人の日本で始めてのインパクトはす
ごかった。人のやらないことをやる、これが普通というもので
す。かつては、ひとの「やらないことをやれ」と言われたもの
です。かつては「外見じゃあないよ、中身だよ」ともいわれま
した。今は「人のやることをやれ」「中身じゃあないよ外見だ
よ」なんですね。何かをやるということは、普段、平凡、普通
だから、何かなのであって、普段が異常ではなにかをやると、
もっと異常になっちゃう、なっちゃってる。
普通、とは何かなんて考えること自体、異常ですよね。
「なんで人を殺してはいけないのか」なんていう質問がでるこ
とも異常ですが、それに真面目に応えなければならない、わか
らないことも異常ではないでしょうか?
今は普通だといじめられるというではないですか。いじめるや
つが異常なんだとだれも気がつかないのかなあ。それとも異常
が正常な世の中になってしまったのかしら、・・もう憂鬱

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新聞をみてもニュースはほんとうに憂鬱なものばかりですね。
人がみていなければ、「ごまかしちゃえ」です。
会社も政治家も病院もタレントも事件はみんなエゴから起こっ
てますね。これも、人間なんだからしたかがないでしょうか?
人間だからこ そ見えないところが大切と思うのですが、人間
なんて見えないところ、いざという時に何をするか、出来るか
できまるのではないでしょうか、いざとなると、今はみんな逃
げてしまう、いいところだけつまみ食い、世の中 こんなに嘘で
かたまっていて、いつかくるしっぺがえしを考えると・・憂鬱

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また 日本の原発で溶接部のひび割れを二重に隠ぺいし、国に
対して「異常なし」との虚偽報告をしていたなんていう記事が
でています。これは憂鬱を越えて恐怖です。今、日本に54基
の原発があるそうですが、いったいいつの間にこんなに作って
いたのでしょう。隠ぺいなんていうのが当然のようにおこなわ
れているとしたら、眼ににえない放射能なんてどうやって気づ
くことができるのでしょう。今も漏れているかもしれない、気
がついたときには日本人全員癌死、そしてその時また原発の社
長さんがテレビで「申し訳ありません、日本を滅ぼして、でも
私も癌なのですから しょうがないです」なんていうんでしょ
う ね・・・・・・・・・・・・・・・・恐怖

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本屋で伊藤若冲の画集をみてたら、なんと帯にタレント(下手
な絵で売れている)が推薦文をよせてる。
日曜美術館でマグりっトをみたら、なんと漫画家が解説して、
そのう え自分の漫画をもってきて同じ発想だなんていってた。
これでは 若冲とマグリットの格がおちちゃうよ。
最近はなんでも分かりやすくしてるのつもりなのか、安っぽい
タレントをもってきてごまかしてばかり 政治家もしかりで
まったく 本物プロは厳しすぎて 敬遠されてしまう。だから
日本は、軽い、曖昧な、漫画みたいなかっわゆい〜〜らしい人
間が街を彷徨うことになってるのかな・・・・・・・・憂鬱

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「癒しのこと1」癒しに癒されていた人はその後どうなったの
で しょう。癒されて幸せになったのでしょうか?
自分でなにもしないで、他から何か言ってもらって、勇気がで
たりやる気になったりしたのでしょうか? それから何をしたの
でしょう。
癒しにはいくつかのパターンがあるようです。「まあまあ 人
間なんだから失敗もあるさ のんびりそんなに頑張らないでや
ればいい」「命は永遠 また生まれ変わったときにやればいい」
なんてこんな嘘八百ば かりならべ、それをまた信じる人たち
言った人はなんの責任もとらず、なるべく人には頑張るな、の
んびりと今度生まれ変わった時にでもやり直せば良いではない
かなんていって自分は頑張ってそんな癒しなんて説いて儲けて
いる。どう考えたって一度しかない人生は頑張らなくてはソン
ですよね。まったく、でも人が頑張らないでくれれば、自分は
少し頑張るだけでいいから、まあいいか!・・・・でも憂鬱

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「癒しのこと2」頑張るというのはいつごろから嫌われだし
たのでしょう。子供にご機嫌をとるために、あまり頑張れとい
わなくなったと思います。頑張るとは我慢することです。
我慢して頑張るのです。頑張らなくて良いとは我慢しなくてよ
いということです。それで近頃の我慢しない、出来ない人々が
巷に溢れ、新聞をにぎわせているのでしょう。
頑張り、我慢するには工夫をしなくてはなりません。ようする
に頭を使うことです。頑張らなくて良いなんていうのは、みん
な馬鹿でいいんだよっていってるようなものです。
それで街にはルーズフアッションなるわたしは馬鹿です。を自
慢げに表現してそれが馬鹿とは気づかない、癒しフアッション
があふれているのです。ね・・・・・・・・・・・・・憂鬱

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2002/10/11 記
今テレビをみていたらマレーシアの首相が演説してるのが映り
ました。「いままで日本を見習ってきたが、最近の日本人は
みんな茶髪になって、経済もおかしい、これからは日本を反面
教師としていこう」、というような内容でした。
情けないですね。緑の黒髪って言葉しってますか?死語ですね。
本当にテレビにで てるタレント、スポーツ選手はなんでみんな
金髪なの?これが当たり前 になってきて、子供たちは大きくな
ったら金髪にしないといけ とに思うでしょうね。
こんなこといってるのは古いなんていわれそうですが、一昨日
ノーベル賞をとった田中さん、いいですね。普通で、素朴で
最高の賞をとった人が真面目で、黒髪で仕事着で・・・・・・
それに比べ なんだかわからない今年のベストなんとかんとか
に得意になって出てくるタレントの茶髪ばかずらをみていると
恥をしらないといいなあ、平気でいられて・・・・ああ憂鬱


10/12
さて 昨日の続きで今日もテレビで田中さんの人柄を放映して
ました。
変人とでてましたが。とんでもないですね。普通の当たり前の
大人の人です。こういう人は普段おもてには出てこないのです。
我がもの顔にテレビなんかにでまくり、なにも内容がなくても
テレビに出てるのが偉いんだ、みたいな風潮こそ異常で変なの
に、このように正しい人が出てくると変人というのは、いって
るやつが変というとこまで、気がいかないのでしょう。
こんなのが学校でいじめなんかを引き起こしてるんだよね。
始めにこの田中さんが作業着でマイクの前に現れたときの記者
の第一声が「ご本人ですか?」だって、おいおい、茶髪で詰め
襟の変なフアッションでないといけないのか!っていいたくな
りますよね。
田中さんは始めソニーを受けたそうですね、筆記は受かったが
面接で落ちたそうですね。このときの面接官の名前と顔を公表
したら面白いですね。
実験中に「失敗したから・・」
これもいいですね。失敗は成功の元がいきています。いまは
失敗を許さない、なるべくいやなことを避け、楽な路を行きた
いくて。遠回り、急がば回れ、こういうことが今、いちばん抜
けているですよね。
それに このような正しい大人のひとはあまり表面に出たがら
ないものです。見えないところで、自分の目的をもくもくと遂
行しているだけで、充分精一杯なのです。
大人の背中とはこういうものでしょう。
「子供は親の背を観て育つ」正しい親、大人は何処へいってし
まったのでしょうね?
こどもたちにはには、正しい政治家、正しい教師、正しい医者
、正しいお巡りさん、正しい芸人、正しいスポーツマン、正し
い宗教家、正しい社長さん、正しい企業、正しい弁護士、正し
い真理・・・・・を示してあげたいですね。
これがシュールレアリスムというものです。
と久々にぼくの理想の大人の人をみせて いただいて、考えたこ
とでした・・・・少し憂鬱から解放

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なぜ、この田中耕一さんに拘るのかというと、この人は有名に
なってもきっと人が変わらないと思うからです。有名になると
人は傲慢になります。どうして、というくらい人は周りにちや
ほやされると、自分は特別な人間なのだと思ってしまうのでし
ょう。偉いひとは偉ぶらず、偉くもないのに偉ぶってる連中ば
かりいつもテレビなどでみせられ、当たり前になっていたとこ
ろに田中さん。いいですね。本当の人のあり方ですよね。
子供たちは、茶髪のタレントばかりに憧れずに、こういう人を
カッコウいいと思うようになってほしいものです。

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昔、岡本太郎氏の芸術論をよんで元気がでたものです。
ぼくらの年齢の人はみんな影響を受けたのではないでしょうか。
しかしです。・・・・・・
いま読み返してみますと、氏の芸術論はこのよう
なものでした。
●芸術はここちよくあってはならない
●芸術はいやったらしい
●芸術は「きれい」であってはならない
●芸術は「うまく」あってはならない
これを読んで、絵の下手なぼくはどんなに勇気ずけられたこと
でしょう。絵がうまくなくても絵に関わっていてもいいのだ。
絵の好きなぼくは、この発想のおかげで、絵本の仕事をやって
これ たといえます。
しかしです。といったのは、いまの世の中はなんとみんなこん
なことになっちゃった。
街 を歩くと、心地の悪い、いやったらしい、きたない連中が
我がもの顔で歩いています。
絵もうまくない、へたくそな絵が多いではありませんか。
何か言えば、自分がよければいい、人に迷惑なんかかけてない
なんて・・・言い出すしなあ〜〜・・・・憂鬱だ〜〜〜
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以下つづくです。
ねずみくん工事さぼってたら肩をたたいてやってください

 

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