このWeb絵本のペ−ジについて・・・・・・なかえよしを

このHPは このページ自体で絵本であるようにしたいのですが
でも本ではありませんから 本でない良さを利用して迷路のよう
なページにしたいとおもいます。なるべく他へのリンクは増やさ
ないようにしてすべて自分で作ったページで埋めていきたいと思
っています。ぼくの出発点は美術です。シユールレアリスムに大
変興味があります。ですからシユールレアリスムに関する覚え書
きのような部分も挟み込まれています。お母様がたが子供のペー
ジとおもって見られると 面食らってしまうかもしれません。
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しかし こどもはじつはシユールな世界が好きですよ。
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なぜなら シユールレアリスムは想像力の世界ですから。
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このページはいまは制作の過程にすぎません。完成ページにする
ためにはもう少し時間が掛かりそうです。
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ぼくの絵本の考え方へ

このWeb絵本のペ−ジは、本当に絵本、本の好きな人の集まるペ−ジにしていきたいと想います。これからは、ますますパソコンが広がっていくはずです。一人に一台の時代はもうすぐです。
こどもたちは、本をますます、読まなくなるでしょう。
それが よいことなのか、悪いことなのか わかりませんが、
少なくとも、自分が 今まで生きてきて 本によって、
幾度と助けられたことを想えば、本のない生活は考えられ
ません。

このペ−ジでは、絵本を啓蒙し本の楽しさを、こどもたち
に知ってもらうことを目的にしています。
ですから、絵もなるべくアニメは使わないようにします。
ショートショート絵本でまとめてインタラクテブなものを
作ってみました。
一冊の絵本の紹介で、一カ所にとどめます。それも派手な
動きはさせずに、気が付かない程度、ゆっくりと味わってみている人だけ
に発見してもらおうという魂胆です。

ホ−ムペ−ジでも、本を開く楽しさは失われません。
逆にWeb上でなくては、表現できない新しい絵本が出きる
とおもっています。
アニメをあまり使いたくないのは、あまりにもテレビ・映画でアニメが
氾濫しているからです。あまりにも激しい動きあれでは、子供達は何かを
考える暇がありません。本は考えながらみるものです。
HPでもゆっくりと何かを考えながらみていかれれば・・・
そんなことを考え、このHP全てが絵本作品に
なるようにしてみようと思っています。
迷路のようなHPになってしまいそうですが
毎日、どこかを直し加えながら、このページを進化させます。
ねずみくんの絵本からこのページにこられた方は
驚かれるかもしれませんが
ねずみくんの絵本はシュールレアリスムの線上に在ると考えて
作っております。
シュールレアリスムの世界をどうしてもお子さまに知って
いただきたいです。
ぼくは子供の時にダリ、やマグリット、ハンスベルメールでこの世界に
出遇えました。、
出遇えなかったことを思うとぞっとします。・・・・
シュールレアリスを知れば、いまのアニメや漫画がいかに稚拙であるかが
解ります。世の中はかわゆ〜くなんかないことを知ります。
ごまかさずに こどもたちが自分で考え
生きていけるような発想を提示出来ればと思います。


                なかえよしを


絵本は子供に大切なものなのか?

このような質問は 本を知らない大人からでる質問です。
絵本なんてなくっても 子供は育つ
それは 育つでしょう ただ体が大きくなるだけは・・・です。
しかし 体だけ育っても、心はどうでしょう。
心は目に見えないだけにやっかいです。
目にみえる外観を大切にするか
目に見えない内側を大切にするか
どちらも大切?
そうはいきません。目に見えない部分の方がいかに大切か
これを本を見ない 読まない人に説明、説得をすることは
ムダなことです。
説得するようなことではなく 人が自分から行うべき
行為のひとつだからです。
本を読もうとする行為は 学ぼうとする行為です。
学ぼうとする心は謙虚にならざるをえません。
謙虚は人が生きのびていくための 武器なのです。
そのことに気が付くためにも 本は大切です。
人は学ぼうとする動物でなくてはなりません。
いま、人は本を読むより・・・・・・・・・
大切なものを 見つけたのでしょうか?



ぼくの絵本の考え方

絵本はこどもが、楽しくよろこんでいればいいものでしょうか?
昔の、講談社の絵本の絵本を見てみますと、
絵をみても、日本画の大家と言われるような人が、絵画として
立派に通用するような絵を描いています。
それが、当たり前だったのです。
自分が、絵の勉強をして、その成果を子供に、どうだ、これが
大人の仕事だ、とみせつけるのです。
子供だったぼくなどは、大人はすごい、と思ったものです。
ほんとうの大人が自信をもって、作っている、絵、絵本がどのくらい
あるでしょう。
本当に、絵を勉強すれば、可愛い、親しみやすい絵になるはずは
ないのです。しかし、それでは売れません、いつから、そういう
本物は売れなくなってしまったのでしょう。
子供と同じような絵を描いて平気な大人たち、それを
売れているを理由に、傲慢におしつけてきます。
売れていては、批判するほうは犬の遠吠えで、結局は
だまってみているだけで、売れなくても、本物を追求している
ひとたちがいるはずなのです。
ぼくは、そんな人たちと出遇いたいです。
このインタ−ネットのホ−ムペ−ジは、犬の遠吠えにはじつにいい
ばしょです。
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絵本に限らず、テレビも本当の大人が出ていない。
がらの悪い子供以下の連中が、テレビを征服しています。
それらが、年収何億も稼ぐのです。
声高らかに、恥ずかしいくて出来ないようなことをやると受けるのです。
お金になるのです。それが見本になって、こどもたちは見習おうとします。
都合のいいことに、そこには、努力も経験もいりません。
楽しく、楽して、軽く、明るく、よけいなことを考えず。
考えていては、出来ないことばかりです。
考えないで、楽して、何かをやる。
これはほんとうに、いいことなのでしょうか?
いま、癒しがはやっていますが、こまったものです。
だいたいが、
「無理することはない、がんばらないでいい。
人間なんだから、失敗もあるさ。
むりに努力なんかしないで、自由に生きた方が・・・」
そういって、なにもしない人間をつくっているようにみえます。
そして、なにもしない人間がぞろぞろと行列をつくっています。
ただ列ぶのです。ならんで、なにをするかというと、観るか食べるか買うのです。
この受け身な人たち、こういうひとたちが増えると都合のいい人たちがいます。
能動的な人たちです。努力して、観せ、食べさせ、買わせる人たちです。
世の中は、この二種類の人間になってきました。
しかし、買わせる人までが、楽して稼ごうというわけです。
そこには無理が生じます。無理は摩擦となり、煙が発生します。
煙の出る前に、大人たちは、大人の勤めをはたすべきです。


絵本に話しをもどします。
ぼくは絵本のお話を考えるのですが、お話は起・承・転・結であるべきと考えています。
絵本はほんの15見開きです。コマ数でいえば15コマです。たったこれだけのコマを
計算してみせるのは、アイデアが大切です。起承転結はアイデアがなくては
なりたちません。それなのに、いまの絵本はそのことを無視した作品が多いです。
思い付きだけで作品にしているのです。そこには咀嚼がなく、したがってアイデア
がありません。それでも、平気で作者は、編集者は、読者は許すのですね。
その程度で面白い、楽しいと、それ以上は深く追求はしないのです。
そのほうが、楽です。まあ、面白ければそんな堅いこといわなくても
絵がかわいい、それだけで許すんですね。
ここでも、見た目にごまかされ、大切なものは、見えるところにはない
という、大人が子供に教えるべきことをおこたっているのです。
子供には、その判断はつきません。
大人が、本当の大人が、妥協をしない大人が、こどもの本は作るべきです。
とくに最近、おもいます。

絵本の絵についていえば、美術がない
それこそ、子供だましの絵がまかり通っています。
驚いたことに、それが売れ、売れるからいいものという、そしてそれを
だれも疑わない。もっと驚くことは、その売れたお金で自分の美術館を
建ててしまうことです。絵を純粋に追求している者からみれば、
信じられない出来事です。
そんなに絵本は儲かるのか・・・です。
それを許す作者、編集、読者、メディア
そこには媚びと、打算と無知が渦巻いている。
絵本、童話の世界は、まさに現実の世界なのです。

最近、とくに想うことは・・・
絵本の世界も、生きにくいなあ、ということです。
ぼくは、絵本を作る前は広告の仕事をしてました。
マスメデアの世界などは生き馬の目を抜くぐらいでないと、
とてもやっていられません。
絵本の世界にきて、これはまた広告の世界に負けないくらい
見た目のいかにも、子供を対象にした、純粋な世界かとみせかけて
どこの世界も、計算高い大人ばかりです。
こんな時、想い出させていただくのは、かつて
ぼくがお会いした中で、最高の大人、
なんでも知っていて、なんでも持っていて、決して自分を表にださず
物質にこだわらず、こころの物にこだわり、思い遣り、粋で
目先のことでなく、自分の死後まで、きちんと計算されて生きていた
子供より子供、大人より大人
ぼくはそんな人にかつて出会ったのです。
あれから25年、その人以上の大人に出会ったことがありません。
そういう大人の人に出会えない、いまのこどもたちはかわいそうです。
もっとも、今の世では、出会ってもみんなそのことに気が付かない
それほど、病んでるかもしれません。
みなさんは、ご存じないかもしれませんが瀧口修造という人です。
その人のことを、どうしても書いておかなくてはなりません。
このホームページを作ったのも、それが目的のようなものです。
物事を考えるとき、基準が必要です。
ぼくにとっての基準は瀧口修造氏です。
何がよくて、何が悪いのか、そのことを考えるとき、何か正しい基準が
必要です。
そういう正しいことを判断してくれる
大人が、先輩が、親が、友達が、マスコミが、政治家が、先生が
わたしたちの側にいてくれるでしょうか?






つづく・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・home
なかえよしをへの書き込み


詳しく瀧口修造氏のことを知りたい方はこちらえどうぞ。