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芸術についての考察
何故、芸術があるのか?
これは人間に想像力があるからでしょう。
ですから、芸術に一番大切なのは想像力なのです。
これは人間にとってもたいせつなものです。
思考、想像の対極は本能です。
本能で生きている人間はしまつに悪いものです。
自分勝手だからです。
芸術は自分勝手とはいきません。
自分を表現するものだからです。
自分を表現するのは大変な事です。
それも自分自身でなくて、表現しなくてはなりません。
自分以外の自分、すなわち作品です。
自分がいて作品がある。
計算し演出し創作し作品ができます。
作品は、誰かのために、なのです。
まだ見ぬ誰かか、今、自分の近くにいる誰かか。
とにかく、誰かのためになのです。
自分のためなど当たり前で、言うことではありません。
自分のためなら、どうして苦しむことがあるでしょう。
苦しいのは、見えぬ対象があるからなのです。
見えぬものとの戦いです。
この辛らさこそが、芸術を理解出来ない者が
味わえない本当の快楽なのです。
何故、芸術があるのか?はこの快楽のためなのです。
虚しく辛く苦しい快楽、
それが芸術なのです。
何故そのような芸術を人は目指すのか?
それは出遇ってしまったからです。
人は出遇いできまります。
自分が何者か?、何んなのか?何が出来るのか?
何故生きているのか?何故生まれてきたのか?
それは自分に合ったものに出遇うまで続きます。
芸術に限らず出遇えた人は幸せです。
出遇えぬ又は出遇わぬ人は思考を止めます。
幸せのために
芸術に限らず出遇わぬ人は自分では創造せず
創造されたものに値をつけ別の快楽に浸ります。
あたかも自分が創造したかのようにです。
世はそれらの人と、それしか見えない
思考しない人々で成り立っています。
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芸術はマイナーなものです
芸術を志す者がメジャーを気にしてはいけません
野球とは違うのです
何故かといいますと
芸術は思考するものだからです
思考し到達すべきものだからです
もし誰もが理解出来る程度であれば
何を思考することが在るでしょう
群衆に属さず
孤独な思考、創造そして想像が芸術なのです
有名になりたいメジャーになりたいとは
誰もが本音にはあるでしょう
しかし
自分が目指すものがたまたま
メジャーであればいいでしょうが
本当に目指すものが
メジャーであるとは限りません
というより、メジャーの訳はないのです
メジャーになるためには
群衆に受け入れられるということです
気持ちの悪いことです
誰もかれもが共感するなどということは
自分は他とは違う、人の考えないことを
芸術は目指すはずです
それがみんなが認めるということは
みんなと同じ程度の発想である
と言うことになってしまいます
メジャーとは流行です一過程です
芸術は先を考えることです
今なんてどうでもいいことです
今は見たとおりで
考えなくても進んでいきます
軌道修正がききません
未来の軌道は在る程度コントロールできます
それが想像力の凄いところです
人間から想像力を取ったら
今は取らなくても外れてるか無くなってきている
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